日本の古い町並み
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「古旅」(ふるたび)では、街道や宿場町、城下町を中心に日本の古くて懐かしい雰囲気のある町並みに関する情報を紹介してます。保存度・規模などの観点からランキング形式で掲載しておりますが、すべてお勧めできる町並みばかりをピックアップしています。
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最近の投稿
飛騨金山の町並み(岐阜県下呂市)
金山は、江戸時代に馬瀬川を境として飛騨国と美濃国が接する交通の要衝であり、飛騨街道「金山宿」は飛騨の玄関口として多くの旅人や商人で賑わいました。その繁栄は昭和40年代まで続き、現在においてもその名残が色濃く残されています。表通りから一歩路地へ入ると、筋骨と呼ばれる細い路地が複雑に張り巡らされており、「筋骨めぐり」として散策を楽しむことができます。
三尾のアメリカ村(和歌山県美浜町)
美浜町三尾は「アメリカ村」の愛称で知られる港町です。明治時代から多くの人々がカナダへ移住し、日本有数の移民の村として発展しました。移民たちは現地で漁業や林業に従事し、故郷へ送金を続けたことで、三尾は豊かな村へと発展しました。また、帰国した人々はカナダの暮らしを取り入れ、ロッジ風の住宅を建てるなど、町並みにも異国情緒が加わりました。このことから、三尾は「アメリカ村」と呼ばれるようになりました。
新庄宿の町並み(岡山県新庄村)
新庄宿は、出雲街道最大の難所として知られた「四十曲峠」を控えた宿場町です。江戸時代初期から町並みが形成され、1689年(元禄2年)には47軒、江戸時代末期にはおよそ100軒の家々が軒を連ねる宿場へと発展しました。
外泊の石垣の里(愛媛県愛南町)
外泊集落の歴史は幕末にさかのぼり、隣接する中泊地区の人口増加に伴い、この地に新しい集落が開拓され「外泊」と名付けられました。急斜面の山腹には約50軒の民家が肩を寄せ合うように建ち並び、台風や冬の季節風から家々を守るため、高く積まれた石垣が集落を取り囲んでいます。この独特の景観から、外泊は「石垣の里」として広く知られています。
美甘の町並み(岡山県真庭市)
美甘(みかも)は、江戸時代初期に、森藩によって町の整備が進められました。街道の往来が活発になるにつれて旅人や商人が行き交い、美甘は出雲街道の重要な宿場として発展しました。現在も新庄川沿いに続く約600メートルの旧街道には、連子格子や白壁、本瓦葺きの町家が残り、往時の宿場町の面影を色濃く伝えています。
旧勝山町月田の町並み(岡山県真庭市)
旧勝山町月田は勝山と備後国東城を結ぶ東城往来沿いの市場町として栄え、多くの人や物資が行き交いました。現在も月田川沿いには、なまこ壁や出格子、虫籠窓を備えた町家や中二階の古民家が残り、往時の面影を色濃く伝えています。静かな山里の風景の中に、かつての市場町の趣を感じることができます。
総社商店街筋の町並み(岡山県総社市)
総社は、総社宮 の門前町として栄えたほか、松山往来の宿場町、さらに浅尾藩の陣屋町としての役割も担い、多彩な歴史を育んできました。東西約1.9kmにわたって続く商店街筋には、今も100年以上前に建てられた歴史的建築が点在しています。
鹿田の町並み(岡山県真庭市)
鹿田(かった)は、旭川沿いに発展した集落で、江戸時代には勝山藩領の一部として栄えました。落合から備中高梁へ向かう備中往来沿いに位置し、街道交通と旭川の舟運が交わる水陸交通の要衝として発展しました。現在も古い商家などが残り、往時の面影を今に伝えています。
佐川町の町並み(高知県佐川町)
佐川町上町地区は、土佐藩筆頭家老・深尾家の城下町として整備され、主に商人が居を構えました。現在もその面影が色濃く残り、老舗酒蔵の司牡丹酒造をはじめ伝統的な商家や酒蔵、白壁の建物が並ぶ美しい町並みを見ることができます。
いの町の町並み(高知県いの町)
「いの町」は、平安時代から続く土佐和紙の産地として知られる「紙のまち」です。江戸時代には、美しい「土佐七色紙」が生み出され、土佐紙は全国にその名を知られるようになりました。現在も町なかには今も紙問屋や商家、土蔵などが点在し、かつて紙産業で栄えた面影を残しています。
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